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50音 (364/1911)

空中戦

SANKYO

発表時期
1982年
種別 2種
玉貸機
現金機
羽根開閉回数(落とし、センター)1回、-
カウント&最大継続回数なし&8回
賞球数オール13

一見、羽根モノっぽくないけれど、カウントなしで最大継続回数8回のゲーム性を持つ。また、羽根に玉が拾われればV入賞するというのではなく、羽根開放と同時に開くシャッターの中に放り込むことができれば大当たりになる。なお、当時は各都道府県によって仕様などが若干異なるケースがある点には注意。

左右落としのいずれかに入ると、役物中央の羽根が開放するとともに、左右肩にある緑色の可動片が作動する(羽根方向に玉を導く役割)。同時に天下のLUCKYと書かれたシャッターが下降することでV入賞のチャンスが生まれる。このシャッターが下降した際に玉が奥に入っていけばV入賞となる。

V入賞後は、羽根とシャッターが18回開放する間にシャッター内に入れば最大8回まで継続する。この時、可動片は作動しない。羽根で玉を拾うのはあくまでも出玉増の意味合いであり、継続させるにはシャッター内に玉を入れる必要がある。

純粋にパチンコを楽しめた時代

 

初めて『空中戦』を打ったのは昭和57年のこと。都内文京区の某ホールだ。当時はまだ単なるパチンコ好きな好青年であり、時間が空いたらパチンコ(アレンジや雀球を含む)を打つ程度だった。その頃の小遣い帳を見ると、300円でタバコを5個獲得したとか、800円も使ってしまって(景品なし)後悔、など実に可愛い。

週刊誌にデジパチの攻略法が掲載されたのを見て知人たちと話すことはあってもまだその手の荒いタイプに手を出す余裕はなく、といいつつも新機種を見かけたら打ってみたいという好奇心旺盛な男だった。

 

初めて打った際は少し混乱した。今思い返せば『空中戦』は斬新なゲーム性の機種なのだろうが、当時は様々なパチンコ台があったから、そこまでの先進性を感じることもなく接することとなった。

 

羽根が開く。拾われる。何も起きない。そういえばLUCKYとかかれたシャッターが開いていたな。入った。大当たりだ! 18回の開閉の間に再びシャッター内に玉を入れればいいのか。あまり早く継続すると出玉が少なくなるから羽根開閉後半になったらシャッターにより入りやすいストロークにして…などという余裕はなく、なすがままに打ち続ける。

打ち止めなどは考えず、ヤメ時だけを熟考し、タバコを5箱でも取れれば満足していた頃だから、本当に楽しくパチンコを打っていた。そこはアレンジや雀球がお座敷で打てる変わった店で、コイン片手によく遊んだものだが『空中戦』を知ってからはそればかり打っていた。

 

その後、机上の計算でパチンコは勝ち続けることができるということを理解したので、それを実践すべく翌年春にパチプロデビュー(笑)。

素人時代最後に打った印象的な機種、それが『空中戦』であった。

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