アラジン
マルホン工業
発表時期 |
1984年
春
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種別 | 普通機 |
玉貸機 |
現金機
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賞球数 | オール13 |
賞球数オール13の普通機。基本的には一発台として使われていた。1985年(昭和60年)末頃の規制により、ホールから外されたり、本来の普通機に戻って稼働したりした。設置許可が出た都県は東京都など数県と言われている。
10回開きチューリップ入賞で道が開通する
天横から玉が飛び込むことで、10回開き(10個入るまでチューリップが閉じない)のチューリップが開放する。それによって盤面中央下部にある入賞口(ランプが描かれている)に玉が流れやすくなる。入賞することで5つのチューリップが開放する。
一発台仕様の場合はチューリップに直接入ってしまう部分の釘を大きく曲げてほぼ入らないようにし、天横の釘も大きく曲げて入賞しずらく調整するのだが、元ゲージが甘めなので、釘の見た目はあまり良くなかった。大当たり後もストロークを変える必要はなく、一発台調整の台であればパンクの心配もなかった。
勝負は一瞬で決まる!
忘れもしない。昭和59年7月11日。『アラジン』で初めて大当たりになった。
都内某店の同じホールに平日はほぼ毎日通ういわゆるジグマとして、普通機から羽根モノ、権利モノなどでチマチマ稼いでいた頃、そのホールの営業方法は「持ち玉での台移動が自由」だった。普通機で出した玉でデジパチを打ったり、羽根モノで得た数百個の玉で一発台勝負をしたりなんてことも普通にできた。
その日、羽根モノで打ち止めにもできずに、でも玉はなくならない…という中、残っていた玉をなくすつもりでデジパチか一発台を打とうと考えて足を止めたのが『アラジン』だった。釘を見ると、大きく歪んでいる。こんなの入らないだろ、と思いつつも残り玉の気軽さで打ったらスパンと通ってチューリップがパカッ! 簡単に大当たりになったし、出玉スピードは速いし、なかなか楽しい!
ただ、やはりメインで打つのは手堅く勝てる機種だったから、その後、一発台としての『アラジン』は10回も打ち止めにしていない。
驚愕の普通機としての運用
そして翌年12月。『アラジン』が普通機になった! 天横もその下のチューリップ周辺釘も、そして盤面中央下部にある入賞口に至る道釘も、全てが真っ直ぐに近くなっている! 当然、10回開きチューリップを開放させても、その下から直接チューリップに入ってしまうし、5個のチューリップを開かせる入賞口にはなかなか玉が入らない。普通機は基本的に投資金額が抑えられるので、普通機になった『アラジン』もそれなりに打ったけれど、元々、普通機の打ち止め台(3000個定量)は1日に1台あるかどうかのホールで打っていたから、普通機の『アラジン』を打ち止めにしたことは一度もない。
面白かったのは、釘を見れば一発台ではないことが容易に想像できるだろうに、10回開きチューリップを開放させた瞬間に、台上にあるドル箱を下ろす客(当時はパチンコ台の前には小箱すらなく、一発台コーナーでは台上にドル箱を置いているホールが多かった)が続出したこと。それを、通りかかった店員が無言で取り上げて、その代わりに小箱を置いていく、なんて光景が何度も見られた。
ただ、さすがに『アラジン』を普通機で使っても客が付くわけもなく、その年を越すことなく撤去されたのだった。